『ファイナル・デスティネーション』、『デッドコースター』に続き、この『ファイナル・デッドコースター』はシリーズ第3作目の作品である。
1作目の『ファイナル・デスティネーション』では、事故で乗客全員が死亡するはずだった飛行機に、間一髪で乗車を免れたと思われた7人の男女。
しかし、死は初めから彼らに運命付けられていたように、その後彼らは次々と死を迎えていく。
2作目の『デッドコースター』では、大規模な自動車事故に巻き込まれて死亡するはずだった7人が、1作目と同様、次々と死を迎えていくと言ったストーリーである。
そして3作目である本作『ファイナル・デッドコースター』は、ジェットコースターの事故で死亡する運命だった7人が、一人の女性の予知幻想によって死への危機から救われたように思えたが、その後やはり前作同様、死への運命から逃れられず次々と残酷な死を迎えると言った内容である。
前作の事故もそれぞれ恐ろしいが、この3作目の作品では、事故が起こらなくても、人によっては恐怖心を呼び起こす『ジェットコースター』なのである。
何事もなければ、『スリル』を味わうことが出来る。
しかし、ジェットコースターが事故で暴走し、『スリル』を味わうなどと言うのんきな感情から、『死への恐怖』へと変わっていくのである。
そして、死を迎えることを悟ってから、またその道のりが圧倒的に長い。
ループの上方真ん中で、逆さまにぶる下がって停止したり、そうかと思えば、また暴走。
胃からこみ上げる激しい吐き気に襲われながらも、ただひたすら自分の死を迎えるのも待つだけなのである。
以前は平気だったジェットコースターも、近年では何故か必ず吐き気に襲われ、その後数時間に渡って回復しないこともしばしばの昨今の私。
こういう事故にだけは会いたくないとつくづく感じてしまった次第である。
この映画には、殺人鬼やモンスターは一切存在しない。
彼らの運命の鍵を握っているのは、見えない敵であり、それは実体がないのである。
殺人鬼やモンスターなら我々と同様生き物であるから倒すことも可能であり、また自分の命を守る手段もある。
しかし、
この姿のない見えない敵と言うのが一番厄介で恐ろしい。
わかっているのは『死の迎え方』、『ある順番の法則をもって死を迎える』と言うことだけである。
この映画のヒロインであるウェンディは、事故の前に写真を撮った。
そこには、すでに亡くなった人たちや、そして幸運にも事故を免れた人たちが映っており、彼らがどのような死を迎えるのかその写真にはヒントがあるのだ。
その写真が不気味であり、『防ぐ手立てはないが、死に方だけは教えてやるぞ』と言う比喩的な警告は、当事者達にとって『知らないで遭遇し、死を迎えたほうがよっぽど幸せ』といえるような悪意に満ちたものである。
敵を倒すことが出来ないのならば、このシリーズは永遠に続くと思われる。
ネタが尽きるまで・・。
と言っても、飛行機、自動車、ジェットコースターと来れば、後に何が来るのか予想もつかない。
公開までに間が開いてしまうのも、そのネタに苦労するからではないだろうか?
この映画はホラーではあるが、サスペンス要素も強く展開もスピーディなので、ホラーは苦手と言う方でも、十分楽しめる作品ではないかと思う。
前作までのこのシリーズがお好きな方にはぜひおすすめしたい作品である。
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