昨年から中世を舞台としたく歴史大作作品が次々と公開されている。
『トロイ』、『アレキサンダー』、『キング・アーサー』などの作品があるが、まずそれらの作品とは大きく一線を引いていると言えるのがこの作品である。
まず上記の3作品と比較して、ストーリー、映像共に重厚感があり、それらの作品とは比べ物にならない出来栄えである。
十字軍遠征と言う歴史好きには非常に興味深いテーマを扱っているが、出来れば歴史を詳しくご存じない方は、ある程度の知識を得てから鑑賞することをお勧めする。
映像がとにかく素晴らしい。
砂漠に実際にセットで作って再現したエルサレムの町はリアルであり、まるでタイムスリップしたような錯覚さえ覚える。
そして前半の森での戦いの場面は、素晴らしい映像美でただただ関心してしまった。
リドニー・スコット監督と言えば徹底した映像美を追求する監督であるが、映像で言えば『グラジュエーター』よりもスケールが大きく、全体に色調を抑えた重厚で壮麗な雰囲気である。
そして十字軍遠征と言うテーマは、『グラジュエーター』=、『ベンハー』や『スパルタカス』のような同時代設定を扱う大作が他に無かったせいか、歴史劇としては新鮮であり大いに楽しむことが出来た。
キャストに対しては主役の『オーランド・ブルーム』がまだこれだけの大作の主役を努めることに疑問が残る他(下記参照)、女王を演じた『エヴァ・グリーン』は、女王としての気品をあまり感じる事が出来なかったこと、もっとエキゾチックにそして神秘的な雰囲気で演じてほしかった。
そして、王はライ病に犯されていた為、顔を金のマスクで覆い、声だけの演技であったので、どこかで聞いたことのある声だ誰だろう?と思い、鑑賞後パンフレッドで調べたら、『エドワード・ノートン』とある!!
主役級のスターが、顔を隠して脇に徹するとは、演技を広げるための彼の策なのだろうが、さすがいい意味での曲者役者ノートンだけのことはある。
要注目!!
この作品では、主役が貫禄不足な面、脇が演技力、貫禄とも優れた役者が名を連ねている。
上記のノートンもそうだが、バリアンの父であり十字軍の騎士ゴットフリーを演じた『リーアム・ニーソン』は、その大柄な体とアイリッシュの哀愁溢れるその雰囲気で、戦歴のつわものであり、慈悲深く、器の大きい人物像を登場する場面は少なくとも観るものに十分その背景を納得させる素晴らしい演技であった。
そして、 エルサレムの軍事顧問を演じた『ジェレミー・アイアンズ』は、良識があり先を冷静に見据えた人物を抑えた演技の中に繊細に表現していた。
<ネタバレ注意!!>
ただいくつか腑に落ちない点がある。
十字軍の騎士だった亡き父ゴッドフリーの息子だからと言う理由だけで、それほど面識もなく実績もない彼を、王が何故次期王としてオーランド・ブルーム演じるバリアンに期待を抱いたのか、見ていると説得力に欠ける。
もちろんその後の彼の活躍ぶりを見れば、なるほど王には人を見抜く眼力があったのだと無理やり納得するのだが、ストーリーの自然の流れの中で大いに疑問に思った。
これはある意味、演じるオーランド・ブルームにそれだけの事ができると思わせるような貫禄、演技力に欠けているという点も要因のひとつであろう。
そして、一介の鍛冶屋にすぎなかった主人公が、後半エルサレムを守るための指導者としての役割をなぜ果たすことが出来たのか?
父から授かった4つの誓いである、
恐れず、敵に立ち向かえ
勇気を示せ
死を恐れず、真実を語れ
弱者を守り、正義に生きよ
を胸に、自らその信念だけで全うできたというのか?
学んでる時間はなかったはずではないのか?
深く考えると、やはりその2点に大いに疑問が残る。
この映画のテーマは、現代に投げかける問題へとつながっている。
エルサレムを後にするバリアン(オーランド・ブルーム)が、
『エルサレムにどれほどの価値がある?』
とエルサレムの新しい統治者サラディンに尋ねたとき、
『無だ』。
『だが全てだ』。
その言葉が妙に心にしみる。
現代には十字軍はいなくとも、まだ同意味での戦いは続いている。
1000年も続くこの戦いはこの先も永遠に終結しないのであろう。
ある意味、非常に考えさせられるテーマの映画であった。
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