この映画は1997年からロングランを記録している舞台の映画化である。
2組のカップルの心情表現が実に巧みであり、舞台劇と鑑賞後に知り納得した。
単なるありがちな単純なラブ・ストーリーかと思いきや、実に複雑な人間の心の揺れや欲望、葛藤を描いた作品であった。
SEXについての会話も実にあけすけであり、インターネットでジュード・ロウ演じるダンと、女性と信じて本気で卑猥な会話を楽しむクライブ・オーエン演じる医師のラリーとの場面が実におかしく笑いを誘う。
二組のカップルの偶然が作る出会い、そして真実を知ることにより訪れる別れを描いている。
この映画のキーは、映画風にあけすけに言えば「Hしたか?」、「しなかったのか?」と言う事である。
真実を知り失望して生じる別れ、そしてその真実を言わせたが為に相手が絶望し、去っていく。
愛には決して触れてはいけない真実があるだ。
ジュード・ロウ演じるダンは優柔不断な優男であり、 その優柔不断さがすべての愛を壊してしまっている。
ある意味自分本位であり、わがままな子供のような男性なのだ。
そんな大人になりきれない少年のような男に、実に彼ははまり役であった。
クライブ・オーエン 演じる医師のラリーは、そんなダンの性格を読み取ってか、アナの愛を取り戻すために大胆な計画をする。
しかし、この作品にはSEXシーンは一切登場しない。
舞台劇が原作であるので仕方がないことだが、すべて会話で語られているのだ。
その点が実に新鮮であり、ある意味無駄な場面は排除し、会話で観客の想像に任せている。
このクライブ・オーエンと言う役者は、近年では「キング・アーサー」でそのタイトルロールを演じ、「すべては愛のため」でも難民救済の為に尽くす医師を演じていた。
そのほか数本彼の作品を観たが、この映画とは全くイメージが正反対なのである。
濃い顔立ちの割には男性のいやらしさとか感じずむしろ誠実で、ある意味さわやかなイメージがあったが、この映画ではなんとも油ギッシュなのである。
その演技が功をなしたのか、この作品でアリス演じるナタリー・ポートマンと共にゴールデン・グローブ賞助演男優賞を受賞している。
アカデミー賞は、残念ながら受賞を逃してしまったが。
そして特筆すべきは、13歳であの「レオン」で脚光を浴びたナタリー・ポートマンである。
そんな彼女も今では23歳になり、知性と品格を兼ね備えた美しい女性へと成長した。
そんな彼女がこの作品ではなんと、「ストリッパー」を演じているのだ!!
胸こそ露出されなかったが、形のいいセクシーなヒップは披露している。
それだけでも全く驚きである。
胸の露出したシーンも撮ったらしいが、監督が彼女に遠慮してカットされたとか。
彼女はその端正で知的な顔立ちのせいか、ストリッパー役で大胆なポーズをとっても、全く「いやらしさ」がなく、むしろキュートである。
180度開脚するシーンがあるのだが、彼女の体の柔軟さに驚いてしまった。
そして、アナ演じるジュリア・ロバーツ。
この作品では金髪に髪を染めているのだが、彼女はアカデミー賞の授賞式などでも金髪はおなじみである。
しかし、いままひとつ作り物めいて、好きになれなかったが、この作品では実にそれが美しく、二人の男に愛を寄せられるフォトグラファーという役が実にはまり役であった。
「ファニーフェイス」「個性的」と言う、私が彼女に感じていたイメージから「美しい人」と言うイメージに変わった。
金髪の髪がセクシーさではなく、繊細で神経質な風貌を作り出し、あの大きな口もここでは存在感が薄い。
アップになると始終見とれてしまった。
これは今までにないことである。
この役は当初、ロード・オブ・ザ・リングやアビエーターなどでおなじみのあのケイト・ブランシェットが演じる予定だったが、妊娠した為にジュリアと交代になったそうだ。
彼女演じるアナも観てみたかったが、映画に話題性を呼ぶためにもジュリアで正解だったのではないだろうか。
一味違ったラブ・ロマンス物を見たいという方にはお勧めの作品である。
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