この作品は、キューブCubeシリーズの完結編である。
残念なことに一作目のあの衝撃は、シリーズ2作目以降には微塵もない。
まあ、監督が違うので仕方がないと言えるが。
1でオーソドックスな仕掛けで恐怖を煽ったが、2はSFXを使いすぎた結果、あまりにも現実的ではなく、恐怖感が薄れていた。
この第3のシリーズキューブ・ゼロ-Cube Zeroでは、1のようなオーソドックスな仕掛けではあるが、残酷描写がさらにパワーアップした。
しかし、それは恐怖と言うよりもグロである。
1のキューブでは、閉じ込められた人間以外の登場人物は一切無かったが、2ではラストでちらりと登場する。
そして、このキューブ・ゼロ-Cube Zeroでは、キューブ外とキューブ内の人間のドラマが同時に展開する。
どのようにかかわってくるのかは、ネタバレになるのでここでは一切触れないで置くことにする。
私の中では、スリラー作品の中でキューブはトップに近い位置にあるカルト映画の名作であると思っているが、2で1のあの独特な雰囲気は全く薄れたものの、ドキドキする興奮はまだ少しはあった。
しかし、今回の作品は、残酷シーンに力を入れたことは理解できるが、ストーリー展開に荒さが目立つ。
残酷描写が行き着くところまで行ってしまった昨今の映画で、その程度の驚きで恐怖感を観客に煽ることは不可能であろう。
何よりも閉じ込められた人間の恐怖感がいまひとつ伝わって来ない。
キューブの内外を同時進行させたために、『内』がおろそかになってしまった結果であろう。
こういう映画は謎を解いてはいけない。
不条理だからこそ惹かれ、その独特な世界観にどっぷりはまる。
1のときのように、なぜ?は観客の想像に任せ、ミステリアスな映画として1で終わってほしかったと思う。
1の監督である『ヴィンチェンゾ・ナタリ』が、2では監督を務めなかったのは正解である。
いくら彼の才能を持っても、この手のストーリーで続編は危険であることを理解していたのだろう。
そして別の監督が続編を製作し、その作品が駄作であることで、更に彼が製作した初演映画が、スリラー映画の名作として
いつまでも人々の記憶に残ることであろう。
さて、話を本題に戻すが、このキューブゼロのラストは1につながっている。
だからタイトルがキューブゼロなのだ。
キューブファンで、2まで見た方は是非鑑賞していただきたい作品である。
2で思わせぶりをして、3ですべての謎が解けるのだから・・・・。
その謎がいかなるものであるにしても・・・・。
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